ている。暁近い月の下に生白く光るは川水らしい。
「たしか此方の方角のはずだ」
上流の方へ歩いて行く。
と、果して蒲鉾小屋が、ハタハタと裾を風に吹かせ、生白く月光に濡れながら、ションボリとして立っていた。
「うむ、これだな」と立ち止まったが「さあ何んといって声をかけたものか?」思案せざるを得なかった。「乞食と呼ぶのも変なものだ。御免というのも変なものだ。まさかに許せなどともいわれまい。……はてな?」
というと深呼吸をした。芳香が馨って来たからである。
「香を焚くという噂だが、成程な、香の匂いだ。しかも非常な名香らしい」
とはいえ勿論野武士育ちの、ガサツな赤川大膳には、何んの香だか分らなかった。
そういう赤川大膳にさえ、無類の名香に感ぜられたのだから、高価なものには相違あるまい。
それが大膳を尊敬させて了った。
「御浪士!」と大膳呼んだものである。
ところが内から返辞がない。で復《また》「御浪士」と呼んでみた。矢っ張り内からは返辞がない。
「眠っているのかな、留守なのかな?」
耳を澄ましたが寝息がない。
「失礼、ごめん」と声を掛け、大膳、小屋のタレを上げた。
落ちかかった
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