時まで、彼の心を捉えたのである。

     五

「オイ赤川、もう駄目だよ」
 こういったのは伊賀之助。
「どうにか成りませんかな、伊賀之助殿」
 こういったのは赤川大膳。
 八ツ山下の御殿である。
「どうなるものか、海上を見な、すっかりあの通り手が廻っている」
 窓をひらくと品川の海、篝火《かがりび》を焚いた数十隻の船が、半円をつくって浮かんでいる。
「漁船のようには見えるけれど、捕方の船に相違ない。海上でさえあの通りだ。陸上の警固は思いやられる。蟻の這い出る隙間もない――ということになっているのだ」
「それに致しても」と赤川大膳さも不思議そうに伊賀之助へいった。「大事露見と見抜かれながら、天一坊はじめ天忠、左京まで町奉行所へ遣られたは、如何の所存でございますかな?」
「うむ、そいつか」と伊賀之助、苦々しそうに眉をひそめた。「あいつらみんな悪党だからよ。まず天一坊からいう時は、師匠の感応院を殺したばかりか、お三婆さんをくびり殺し、まだその外に殺人をした。また常楽院天忠となると、坊主の癖に不埓《ふらち》千万、先住の師の坊を殺したあげく、天一という小坊主をさえ殺したのだからな。藤井左京
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