狂わなかった、自信のある眼力の狂ったことさ。一つ狂うと二つ狂う、二つ狂うと三つ狂う。どうして最後まで狂わないといえよう。……仕官亡者と思っていた奴が、仕官亡者でなかったばかりか、不可解の謎を投げかけて、姿をかくしてしまったんだからな」
追っ払おうと思えば思うほど、伊賀之助の心には乞食のことが、こだわり[#「こだわり」に傍点]となって残るのであった。
伊賀之助ズラリと行列を見た。「これほどの行列を押し立てて江戸入りするという事だけでも、正しく男子の本懐ではないか。しかし思えば気の毒なものだ、誰も彼も成功を信じている。誰も彼も俺を信じている。立身するものと思っている。誰も彼も肝腎のこの俺が迷っているとは感付かない」
自信が強ければ強いほど、それを破ったその物が、その者を傷つけるものである。
「何者だろう、是非逢い度い。そうして易水の詩を残した、乞食の心持ちを聞いてみたい」
執着狂の夫れのように、伊賀之助はそればかりを思うようになった。
そうして夫れは事が破れて、江戸は品川八ツ山下の御殿で、多くの捕吏《ほり》[#「捕吏」は底本では「捕史」]に囲繞《とりかこ》まれ、腹を掻っ切ったその
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