ら蒲鉾小屋にいる。――という風流にもなろうけれど、どうもその後が似合わしくない」
「何んでござるな、その後とは?」
「矢っ張り夫れさ、名刀さ」
「ははあ名刀が邪魔しますかな」
「どだい風流というやつは、人間をノンビリさせ茫然《ぼんやり》させ、生鼠にするのに役立つものでな、そこに風流のよい所がある。ところが刀というやつは、人間を頑張りにし意地っ張りにし、肘を張らせるに役立つものさ。このまるっきり反対のものを、一緒に引っかかえている以上、大通の酔興とはいわれないよ」
「これはご尤」と頬髯の濃い武士、照れたように苦笑を浮かべたが「貴殿のお見立て伺い度いもので」
「何んでもないよ、名を売りたがっているのだ。いい換えると評判を立てたがっているのさ」
「あああ評判を? 何んのために?」
「高く売ろうとしているのさ、彼奴の持っている何かをな?」
「ああ夫れでは名刀を?」
するとクスリと総髪の武士、酸性の笑いを浮べたが「そうそうこだわっ[#「こだわっ」に傍点]ては不可《いけ》ないよ、ああ然うだよ。名刀ばかりにな」
「ははあ左様で、名刀め、今度は役に立ちませんでしたな。……夫れでは一体どんなものを?」
「うむ」という総髪の武士、俄《にわか》に真面目の顔になったが「彼奴自身、そのもの[#「そのもの」に傍点]であろう」
「あッ、成程、わかりました。太公望を気取っているので?」
「この見立は狂うまいよ」
「では武王が無ければならない」
「その武王こそ我々なのさ」
ここで二人共黙って了った。
ひっそり部屋内静かである。
と、俄に声をひそめ、総髪の武士いい出した。
「大坂城代土岐丹後守、東町奉行井上駿河守、西町奉行稲垣淡路守、この三人を抑えつけた今日、我々の企て八分通りは成就したものと見てよかろう。後の二分とてこの順で行けば、先ず先ず無難と睨んでいい。さて所で我々の企て、いよいよ成就となった日には、お互大変なことになる。浪人から一躍大名になれる。そこでだ」といって来て総髪の武士、例の酸性の笑い方をしたが「いろいろの武士ども仕官したがっているなあ。そこで其奴も……その乞食も、仕官亡者と目星をつけても、大概外れることはないではないか。仕官亡者に相違ないよ。しかも奇矯な振舞いをして、世間にパッと評判を立て、その評判を我々に聞かせ、迎いに来るのを待っている奴だ。で、二通りに解釈出来る。山師かそれとも骨のある武士か? どっちにしてからが面白い。そこでこの俺は思うのだ。彼奴の投込んだ餌無しの針へ、ひとつ好んで掛かってやろうとな。我々にしてからがよい味方はほしい。で甚だ足労ながら、貴公即刻蒲鉾小屋へ行き、其奴の人物確めて下され」
こういわれたので頬髯の濃い武士、深く頷いてノッソリと立った。
「但し」と総髪の武士が止めた。「セチ辛い浮世だ、そうでもないヤクザが、僅の餬口《ここう》にあり付こうと、柄にもない芝居を打つこともある。もしも其奴がそんな玉なら構うことはござらぬ、叩っ切りなさい」
三
松屋の玄関に列べられたは、鉄砲二十挺に槍十五筋、門の入口に造られた番所、そこに役人が詰めている。門の右手には紅白の幔幕、突棒刺叉捩など、さも厳しく立て並べてある。門を離れた左手にあるは、青竹で作った菱垣で、檜逆目のございません[#「ございません」に傍点]板へ、徳川天一坊殿御旅館と、墨色鮮かに書いてある。正面一杯に張り廻された、葵御紋の紫地の幕に、高張提燈の火が映じ、荘厳の気を漂わせている。
ヌッと現われた頬髯のある武士。
「赤川大膳様ご外出でござる。駕籠を!」
と呼ぶやつを手で制し、
「供は不用ぬよ」
と抜出した。
二、三町行くと懐中から、頭巾を取り出したものである。と見ると一軒の駕籠屋がある。つと這入った赤川大膳、
「駕籠一挺、早いところを」
ポンと乗ると駆け出させた。本陣から駕籠に乗らなかったのは、秘密を尚《たっと》んだからであろう。
「山内伊賀殿はさすがに知恵者、旨いところを見抜かれたものだ。世間に評判を立てて置いて、迎えに来るのを待っている! 成程な噂に高い乞食、その辺に目星をつけているのだろう。そこで俺が迎いに行く。さあて何んな応待で其奴の本性見破ろうかな? 意外に偉い人物で、恥でも掻かされたら耐らない。ヤクザ者なら叩っ切る。こっちの方から手間暇は不可ぬ。野武士時代の蛮勇を揮い、スポリと一刀に仕止めるだけさ。……それは然うと此処は何処だ?」
駕籠の戸をあけて覗いたが、
「よろしい、ここで下ろしてくれ」駕籠から出ると
「それ酒手だ」
「これは何うも、莫大もない」
喜んで帰る駕籠|舁《かき》を見すて、赤川大膳先へ進んだ。
薄墨のように淀川堤、眼の前に長く横仆わっている。人家も無ければ人気もない。見下ろせば河原で枯れ蘆が、風に吹かれて揺れ
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