れとも骨のある武士か? どっちにしてからが面白い。そこでこの俺は思うのだ。彼奴の投込んだ餌無しの針へ、ひとつ好んで掛かってやろうとな。我々にしてからがよい味方はほしい。で甚だ足労ながら、貴公即刻蒲鉾小屋へ行き、其奴の人物確めて下され」
こういわれたので頬髯の濃い武士、深く頷いてノッソリと立った。
「但し」と総髪の武士が止めた。「セチ辛い浮世だ、そうでもないヤクザが、僅の餬口《ここう》にあり付こうと、柄にもない芝居を打つこともある。もしも其奴がそんな玉なら構うことはござらぬ、叩っ切りなさい」
三
松屋の玄関に列べられたは、鉄砲二十挺に槍十五筋、門の入口に造られた番所、そこに役人が詰めている。門の右手には紅白の幔幕、突棒刺叉捩など、さも厳しく立て並べてある。門を離れた左手にあるは、青竹で作った菱垣で、檜逆目のございません[#「ございません」に傍点]板へ、徳川天一坊殿御旅館と、墨色鮮かに書いてある。正面一杯に張り廻された、葵御紋の紫地の幕に、高張提燈の火が映じ、荘厳の気を漂わせている。
ヌッと現われた頬髯のある武士。
「赤川大膳様ご外出でござる。駕籠を!」
と呼ぶやつを手で制し、
「供は不用ぬよ」
と抜出した。
二、三町行くと懐中から、頭巾を取り出したものである。と見ると一軒の駕籠屋がある。つと這入った赤川大膳、
「駕籠一挺、早いところを」
ポンと乗ると駆け出させた。本陣から駕籠に乗らなかったのは、秘密を尚《たっと》んだからであろう。
「山内伊賀殿はさすがに知恵者、旨いところを見抜かれたものだ。世間に評判を立てて置いて、迎えに来るのを待っている! 成程な噂に高い乞食、その辺に目星をつけているのだろう。そこで俺が迎いに行く。さあて何んな応待で其奴の本性見破ろうかな? 意外に偉い人物で、恥でも掻かされたら耐らない。ヤクザ者なら叩っ切る。こっちの方から手間暇は不可ぬ。野武士時代の蛮勇を揮い、スポリと一刀に仕止めるだけさ。……それは然うと此処は何処だ?」
駕籠の戸をあけて覗いたが、
「よろしい、ここで下ろしてくれ」駕籠から出ると
「それ酒手だ」
「これは何うも、莫大もない」
喜んで帰る駕籠|舁《かき》を見すて、赤川大膳先へ進んだ。
薄墨のように淀川堤、眼の前に長く横仆わっている。人家も無ければ人気もない。見下ろせば河原で枯れ蘆が、風に吹かれて揺れ
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