も十歩百歩、神部要助という伯母の亭主を、これまた殺しているのだからな。事もあろうにこれらの三人、目上の者を殺している。天人共に許さざる奴等、そこで刑死をさせてやろうと、大岡越前の手の中へ、わざわざ捕らせにやったのさ。そこへ行くとお前は少し違う。野武士時代にはあばれもしたろうが、恩顧を蒙った目上の者を、殺したことはないのだからな。そうして俺に至っては、人を殺《あや》めたことはない。で多少は許されるだろう。そこでお前に贋病《けびょう》を使わせ、そうして俺も贋病を使い、二人だけ此処へ残ったってものさ。……さあさあ大膳腹を切ろう。まごまごしていると捕方が来る。それにしても」と伊賀之助、苦渋の色を顔に浮べた。「淀川堤に住んでいた、乞食のことが気にかかる。……彼奴見抜いていたのだな! 今日のことを、露見のことを!」
 ドッとその時戸外にあたり、閧《とき》を上げる声が聞えて来た。つづいて乱入する物の音!
「いよいよ不可ねえ、さあ大膳、捕方が向かった、腹を切ろう!」
 差添を抜いた伊賀之助、腹へ突っ込もうとした途端、捕方ムラムラと込み入って来た。
「おのれ?」
 と飛び上がった赤川大膳、太刀を揮うと飛びかかった。
「御用々々!」
 と叫びながら、大膳の殺気に驚いたか、サーッと後へ引っ返した。
「どうせ駄目だよ、追うな追うな!」
 呼び止める伊賀之助の声を残し、遁《のが》れられるだけは遁れてみよう、こう思ったか追っかけた。
「御用々々!」
 と遠退く声!
「ワッ」と二、三度悲鳴がした。
 大膳が捕方を切ったのらしい。
「よせばよいのに殺生な奴だ! どうせ捕れるに決っている。覚悟の出来ていない人間は、最後の土壇場で恥を掻く。……が、俺には却って幸い、どれこの隙に腹を切ろう」
 左の脇腹へブッツリと、伊賀之助刀を突き立てた時、
「お見事!」
 という声が隣室でした。
 襖をひらいて現れたのは、青竹の杖をひっさげた、容貌立派な乞食であった。
「やッ、汝は!」と伊賀之助。
「淀川堤におりました者」
「汝が然うか? どうして此処へ?」
「御|首級《しるし》頂戴いたしたく……」
「俺の首をか、何んにする?」
「或お方のお屋敷へ参り、或お方へ近寄って、一太刀なりとも恨みたい所存……」
「ううむ」と唸ったが伊賀之助「身分をいわっしゃい! 名をいわっしゃい!」
「或お方の差金により、取潰された西国方の
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