人ならともかく一蝶と来たら、あれでなかなかの文章家だからな。変な下手な句は見せられぬ」
こんなことを心で思ったりして益※[#二の字点、1−2−22]彼は考え込んだ。
その時にわかに隣りの室へ、人がはいって来たらしく、ひそひそ話し合う気勢がする。
「こいつはどうも面白くない。隣りの室で騒がれたひにはいよいよもって句は出来ぬな」
彼は渋面を作りながら、何気なく隣室の人声へ所在ない耳を傾けた。
誰か苦しんででもいると見えて、呻吟の声が聞こえて来る。
と、おろおろした女の声で、
「お兄様!」と呼ぶ声がする。それに続いて男の声で、
「若旦那様! しっかりなさりませ!」
と、力を付けるような声もする。
「むう。むう」
と苦しそうな呻吟の声は尚続いた、どうやら物でも嘔吐《はく》らしい。
暁の光は次第に蒼く次第に明るく射し込んで来る。
と、また女のおろおろ声。
「お兄様! お兄様!」
「若旦那様! 杜鵑之介《ほととぎすのすけ》様! 心をしっかりお持ちなさりませ!」男の声がそれに続く。
「何?」
と其角は眼を見張った。
「杜鵑之介といったようじゃな? 杜鵑之介! 杜鵑! そうして今は
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