れようや。馬鹿な事を!」と、朗らかに、若衆は笑って肩を聳やかす。
「やあ源氏太郎様を犬といったな!」
「犬といったが悪いと申すか。では畜生と申そうかの」
「お犬様を畜生とは吠《ほざ》いたりな!」
「畜生で悪くば獣といおうぞ」
「問答無用、やあ方々、お令《ふれ》を恐れぬ叛逆人を、討ち取り召されい討ち取り召されい!」
「おっ!」と叫《おめ》いた声の下から、十本の白刃月光を浴びて氷のように閃めいた。
 若衆は一歩進み出たが、
「汝ら武士に扮《よそお》ってはおれど、大奥に仕うる女ばらと見たれば、先夜はわざと峰打ちにして生命ばかりは助けたれど、今宵は一人も遁がさぬぞよ」
 刀の束に手を掛けたままじりじりと詰め寄った。若衆一人に詰め寄せられて白縮緬組の十人の者は次第次第に後退《あとじ》さり、既に駕籠から離れようとしたが、いい甲斐なしと思ったか、颯《さっ》と一人が切り込んで来た。
「天罰!」
 と鋭い若衆の声。流星地上に落ちるかと見えたのは抜き打ちに払った刀の閃めきで、「あっ!」と叫んだのは切り込んで行った武士。悉くそれが同時であった。生死は知らず地上には一人俯向きに仆れている。
「朋輩の仇!」
 
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