飛礫《つぶて》が若衆の危難を救ったのである。若衆は刀を投げ捨てると、飛燕のように飛び込んで行った。手弱女を膝下に抑えたのである。
奴姿の大男も大刀を抜いて現われ出たが、白縮緬組七人の中へ面もふらず切って行った。
若衆は手弱女の頤の辺へ片手を掛けて顔を持ち上げ月の光につくづくと見た。丹花の唇、芙蓉の眉、まことに古い形容ではあるが、この手弱女には似つかわしい。下髪にした黒髪が頬に項《うなじ》に乱れているのも憐れを誘って艶《なまめ》かしく、蜀江錦の裲襠《うちかけ》の下、藤紫の衣裳を洩れてろうがましく見ゆる脛《はぎ》の肌は玉のようにも滑らかである。観念の眼を堅く閉じ微動さえしない覚悟の中にはある気高ささえ含まれている。
柳営に仕える局としても余りに美しく高貴である。
若衆の口から洩れたのは焔のような溜息であった。彼は静かに膝を退け、そっと手弱女を引き起こした。それから彼は立ち上がり腕を組んで黙然と眺めていた。実《げ》にやこの世の物ならぬ妖艶たる手弱女のその姿を。
七人の相手を追い散らし、馳せ返って来た奴姿は、それと見るよりつと進み寄り血刀をグイと突き付けた。
「これ」
と制したのは若衆である。投げ捨てた刀を拾い上げ、パチリ鞘に収めてから袴の塵《ちり》をハタハタと払い、
「千代はどうした。見て参れ」
「おおそうじゃ。お嬢様……」
行きかかる時、人家の軒から、粛々と進み出た三人の武士。その三人に囲まれながら、頸垂《うなだ》れて歩むのは女であった。
「千代か?」と若衆は声をかけた。
「あいや暁杜鵑之介殿。お妹ごまさしくお引き渡す間、その女人こちらへお譲りくだされい」
三人の武士のその一人が、ツカツカと前に進み出ながら、慇懃の言葉でこういった。
「何人でござるぞ? そう仰せらるるは?」
若衆も前へ進み出た。ぴったり二人は顔を合わせたのである。
武士は言葉を潜めたが、
「北条安房守配下の与力、鹿間紋十郎と申す者でござる」
「む。ご貴殿が鹿間殿か――してあの女人は何人でござるな?」
「あれこそ、お伝の方でござる」
「…………」
若衆は無言で頷いた。そうして改めて女人を見た。
「いかにもお譲り致しましょう」
「お譲りくださるか。忝《かたじ》けない。いざお妹ごをお渡し申す」
「千代、袖平、参ろうかの」
悠然と若衆は歩を運んだ。
六
「由井殿!」
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