と、声もろともに、左右から二人切り込んだ。
「やっ!」「やっ!」とただ二声。それで勝負は着いたのである。地上には二人の白縮緬組が刀を握ったまま仆れている。
後に残った七人は、一度に刀を手もとに引いて、身体を守るばかりであった。
その時、ヒラリと駕籠の垂れが、風もないのに飜《ひるが》えったかと思うと、電光《いなずま》のように飛び出して来たのは白毛を冠った犬であった。
「やあ、お犬様だ!」
と、白縮緬組は、驚きの声を筒抜かせた。
五
さすがは名犬、源氏太郎は、早速には飛びかかっても行かなかった。鼻面を低く地に着けて、上眼で敵を睨みながら、陰々たる唸りの声を上げ、若衆の周囲を廻り出した。相手を疲れさせるためでもあろう。
若衆は刀を下段に構え、廻る犬に連れて廻り出した。時々「やっ」と声を掛けて犬に怒りを起こさせようとする。誘いの隙を見せた時、犬は虚空に五尺余りも蹴鞠《けまり》のように飛び上がったが、パッと咽喉もとへ飛びかかる。
掛け声も掛けずただ一閃、刀を横に払ったかと思うと「ギャッ」と一声声を揚げたまま、源氏太郎は胴を割られ二つになって地に落ちた。
「切ったわ切ったわお犬様を!」
驚き恐れた叫び声が、白縮緬組七人の口から、同時にワッと湧き起こった。
忽然その時駕籠の戸が内から音もなく開けられた。プンと火縄の匂いがして、スーッと立ち出でた一人の手弱女《たおやめ》。手に持った種ヶ島を宙に振り、やがて狙いを定めたのは若衆の胸の真ん中であった。
人々は一度に声を呑んだ。
天地寂廖として音もない。
と、手弱女《たおやめ》は嘲けるように、
「下郎推参!」
と呼び掛けたが、ニタリと笑ったその艶顔には、凄愴たる鬼気さえ籠もっている。若衆はブルッと身顫《みぶる》いをした。飛び道具に恐れての戦慄《みぶるい》か? それとも手弱女の類を絶した、この世ならぬ美に胸|衝《う》たれ恍惚から来た身の顫えか? 下段に構えた刀を引き入身正眼に付けたまま、いつまでもじっと動かない。
こうして瞬間の時が経った。
ハッと種ヶ島の火花が散りあわや一発打ち放されようとした時、「えい!」と掛けた掛け声が、夜の闇の中から聞こえたかと思うと、カチリと打ち合う音がして手弱女《たおやめ》の持っていた種ヶ島は手から放れて地に落ちた。
奴姿《やっこすがた》の大男が人家の軒から投げた
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