千代はそんな女ではない! お千代は、失望して、恋いこがれて、病気になっているのじゃ!……と、わし[#「わし」に傍点]は思う。……病気になってのう」
 総司は膝へ眼を落とし、しばらくは顔を上げなかった。部屋の中は静かで、何時の間に舞込んで来たものか、母指《おやゆび》ほどの蛾《が》が行燈の周囲《まわり》を飛巡り、時々紙へあたる音が、音といえば音であった。総司は、まだ顔を上げなかった。お力は、その様子を見守りながら、(何んて初心《うぶ》な、何んて生一本な、それにしても、こんな人に、そう迄想われているお千代という娘は、どんな女であろう?……幸福《しあわせ》な!)と思った。と共に、自分の心の奥へ、嫉妬《ねたましさ》の情の起こるのを、何うすることも出来なかった。

   親友は討ったが

「あのう」
 と、ややあってからお力は、探るような声で云った。
「細木永之丞というお方は、どういうお方なのでございますの?」
「ナニ、細木永之丞※[#感嘆符疑問符、1−8−78] どうしてそのような名をご存知か」
 と、総司は、さも驚いたように云った。
「矢張りお眠《よ》ったままで『済まん、細木永之丞君、命令だっ
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