や……」
「いや?」
「矢っ張り左様じゃ」
「よっぽど可《よ》い娘さんだったんでございましょうね」
「うん」
 と、ここでも迂闊り正直に云い、又、周章てて取消そうとしたが、自棄のように大胆になり、
「初心《うぶ》で、情が濃《こま》やかで……」
「神様のようで……」
「うん。……いや……それ程でもないが……親切で……」
「そのお方、只今は?」
「切れて了った!」
 こう云った総司の声は、本当に咽《むせ》んでいた。
「切れて……まあ……でも……」
「近藤殿の命《めい》でのう」
「何時《いつ》?」
「江戸への帰途。……紀州沖で……富士山艦で、書面《ふみ》に認《したた》め……」
「左様ならって……」
「うん」
「可哀そうに」
「大丈夫たる者が、一婦人の色香に迷ったでは、将来、大事を誤ると、近藤殿に云われたので」
「お千代様、さぞ泣いたでございましょうねえ。……いずれ、返書《かえし》で、怨言《うらみごと》を……」
「返書《へんしょ》は無い」
「まあ、……何んとも?……それでは、女の方では、あなた様が想っている程には……」
「莫迦《ばか》申せ!」
 と、総司は、眼を怒らせて呶鳴《どな》った。
「お
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