甲州鎮撫隊
国枝史郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)綺麗《きれい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)西郷|吉之助《きちのすけ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
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   滝と池

「綺麗《きれい》な水ですねえ」
 と、つい数日前に、この植甚《うえじん》の家へ住込みになった、わたり[#「わたり」に傍点]の留吉《とめきち》は、池の水を見ながら、親方の植甚へ云った。
「これが俺《おれ》んとこの金箱さ」
 と、石に腰をかけ、煙管《きせる》をくわえながら、矢張り池の水を見ていた植甚は、会心の笑いという、あの笑いかたをしたが、
「この水のために、俺んとこの植木は精がよくなるのさ」
「まるで珠《たま》でも融かしたようですねえ。明礬水《みょうばんすい》といっていいか黄金水《おうごんすい》といっていいか」
「まあ黄金水だなア」
「滝も立派ですねえ。第一、幅が広いや」
「箱根の白糸滝になぞらえて作ったやつよ」
 可成り広い池の対岸《むこうがわ》に、自然石《じねんせき》を畳んで、幅二間、高さ四間ほどの岩組とし、そこへ、幅さだけの滝を落としているのであって、滝壺《たきつぼ》からは、霧のような飛沫《しぶき》が立っていたが、池の水は平坦《たいら》に澄返り、濃い紫陽花《あじさい》のような色に澱《よど》んでいた。留吉は、詮索《せんさく》好きらしい眼付で、滝を見たが、
「でもねえ、親方、この庭の作りからすれば、あの滝、少し幅が広過ぎやアしませんかね」
「無駄事云うな」
 と、植甚は、厭《いや》な顔をし、
「俺、ほんとは、手前の眼付、気に入らねえんだぜ」
「何故《なぜ》ね」
「女も欲しけりゃア金も欲しいっていうような眼付していやがるからよ」
「ほいほい。……あたり[#「あたり」に傍点]やした。……だがねえ親方、こんなご時世に、金なんか持っていたって仕方ありませんね」
「何故よ」
「脱走武士なんかがやって来て、軍用金だといって、引攫《ひっさら》って行ってしまうじゃアありませんか。……親方ア金持だというからそこんところを余程うまくやらねえと。……」
「うるせえ。仕事に精出しな」

 劇《はげ》しく詈合《のの
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