しりあ》う声が聞え、太刀音が聞え、続いて女の悲鳴が聞えたのは、この日の夜であった。
 沖田総司《おきたそうじ》は、枕元の刀を掴み、夜具を刎退《はねの》け、病《やまい》で衰弱しきっている体を立上らせ、縁へ出、雨戸を窃《そっ》と開けて見た。とりこにしてある沢山の植木――朴《ほう》や楓《かえで》が、林のように茂っている庭の向うが、往来《みち》になっていて、そこで、数人の者が斬合っていた。あッという間に一人が斬仆《きりたお》され、斬った身長《せい》の高い、肩幅の広い男が、次の瞬間に、右手の方へ逃げ、それを追って数人の者が、走るのが見えた。静かになった。
「浪人どもの斬合いだな」
 と総司は呟き、雨戸を閉じようとした。すると足下から
「もしえ」
 という女の声が聞えて来た。さすがに驚いて、総司は足下を見た。縁に寄添い、一人の女が、うずくまっていた。
「誰だ」
「は、はい、通りがかりの者でございますが……不意の斬合《きりあい》で……ここへ逃込みましたが……お願いでございます……どうぞ暫くお隠匿《かくまい》……」
「うむ。……しかし、もう斬合いは終えたらしいが……」
「いえ……まだ彼方《むこう》で……恐ろしくて恐ろしくて……」
「そうか。……では……」
 と云って、総司は体を開くようにした。
 二人は部屋へ這入った。夜具が敷かれてあり、枕元に、粉薬だの煎薬《せんじぐすり》などが置いてあるのを見ると、女は、ちょっと眉をひそめたが、総司が、その夜具の上へ崩れるように坐り、はげしく咳《せき》入ると、すぐ背後《うしろ》へ廻《まわ》り、背を撫《な》でた。
「忝《かたじ》けない」
「いえ」
 行燈《あんどん》の光で見える総司の顔色は、蒼《あお》いというより土気色であった。でも、新選組の中で、土方歳三《ひじかたとしぞう》と共に、美貌《びぼう》を謳《うた》われただけあって、窶《やつ》れ果ててはいたが、それが却《かえ》って「病める花弁《はなびら》」のような魅力となってはいた。それに、年がまだ二十六歳だったので、初々《ういうい》しくさえあり、池田屋斬込みの際、咯血《かっけつ》しいしい、時には昏倒《こんとう》しながら、十数人を斬ったという、精悍《せいかん》なところなどは見られなかった。
 女は、背を撫でながら、肩ごしに、総司の横顔を見詰めていた。眉《まゆ》は円く優しかったが、眼も鼻も口も大ぶりの、パッ
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