こまでも走って行く。
十三
暗黒の自動車は月光の下を、どこまでもどこまでも走って行く。
張教仁は暗い車内の、クッションへ腰を掛けたまま、事の意外に驚きながらも、覚悟を極わめて周章《あわ》てもせず、眼を閉じて運命を待っていた。どこをどのように走るのか、自動車は駸々《しんしん》と走って行く。いつか二つの窓をとざされ、外の様子はどんなにしても窺《うかが》うことは出来なかった。
「成るようにしか成りはしない。命をくれてやる覚悟でいたら何も驚くことはない。さあどこへでも連れて行け」
彼はこのように思っていたが、このように思っている彼をして、尚且つ魂を戦《おのの》かせるような、奇怪な事件が起こって来た。しかも他ならぬ自動車の内で。
と云うのは彼が、そう覚悟して、クッションに腰かけているうちに、どうやら暗黒のこの車内に、誰かいるような気配がした。すなわち彼と向かい合った、向こう側のクッションに、何者か腰かけているらしい。張教仁は慄然《ぞっ》とした。そして思わず声をあげた。
「いったい誰だ、そこにいるのは!」
するとはたして、向こう側から、含み笑いの声がして、
「張教仁君
前へ
次へ
全239ページ中98ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング