へ出る時も一緒に出た。しかしおおかたは室に籠もって相談事でもしているらしく、室の錠はいつもおろされていた。
この頃|北京《ペキン》は物騒であった。政府の高官顕職が頻々として暗殺《ころ》された。そして犯人はただの一度も捕縛されたことがないのであった。
そのまた殺し方が巧妙であった。巧妙というよりも奇怪であった。その一例を上げて見れば、ある白昼のことであったが、警務庁の敏腕の班長が、二人の部下を従えて、繁華な灘子《だんす》街を歩いていた。街路の両側の小屋からは、幕開きの銅鑼《どら》の賑やかな音が笛や太鼓や鉦《かね》に混じって騒々しいまでに聞こえて来る。真紅の衣裳に胸飾り、槍を提《ひっさ》げた怪美童を一杯に描いた看板が小屋の正面に懸かっている。外題はどうやら、「収紅孩」らしい。飯店に出入りする男子の群、酒店から聞こえる胡弓の音、「周の鼎《かなえ》、宋の硯」と叫びながら、偽物を売る野天の売り子、雑沓の巷を悠々と班長と部下とは歩いて行った。
すると突然班長が苦しそうな声で叫び出した。
「どいつか俺を引っ張って行く! どいつか俺を引っ張って行く! 眼には何んにも見えないけれど、どいつか俺を引
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