た。世はもう青葉の世界である。胡沙吹く嵐にもろもろの花がはかなく地上に散り敷いた後は、この世から花は失なわれた。ただ紫禁城の内苑に、今を盛りの芍薬《しゃくやく》の花が黄に紅に咲いているばかり。大総統邸の謁見室に、わずかに置かれた鉢植えの薔薇《ばら》さえ、その色も艶も萎れていた。
中央停車場に程近い燕楽街の十番地に、木立の青葉に蔽われて巍然と聳《そび》えている燕楽ホテルの、三階の一室に久しい前から逗留している客があった。
客は男女の二人であったが、男の方は、その顔立ちから、南方支那の産まれと覚しい三十歳足らずの貴公子で、起居振る舞いに威厳があった。しかるに一方女の方は、東洋人には相違ないが、支那の産まれとは思われない。むしろ近東|土耳古《トルコ》辺の貴婦人のような容貌で、態度はきわめて優美ではあるが、北京《ペキン》の生活に慣れないと見えてどこかにギゴチないところがある。口さがないホテルの使童《ボーイ》達は奇妙な取り合わせの二人を評して、広東産の鶏と土耳古《トルコ》産まれの孔雀とを交接《かけあわ》せたようだと云うのであった。
二人は大変仲がよくて、室にいる時も一緒にいるし戸外《そと》
前へ
次へ
全239ページ中86ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング