お嬢さん!」立派な仏蘭西《フランス》語で張は云った。女の顔は蒼褪めた。そして神妙に手をあげた。張は片手で拳銃を握り空いている片手を働かせて女の外套を探ったが、素早く鉄箱を取り出した。
「さあもうこれで用はない――ねえお嬢さん、さぞあなたは残念にお思いなさるでしょうが、それは少々気がよすぎます。しかしあなたのやり口は全く上手なものでした。支那西域の庫魯克格《クルツクタツク》の淡水湖に限って住んでいる、※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]々《ぼうぼう》という毒ある魚の小骨の粉末《こな》を香に焚いてそれで人間を麻痺させるなんて実際あなたはお怜悧《りこう》でした。そういう秘伝を知っている者は支那の道教の信仰者か西域地方を踏破した人か、どっちかに限られている筈です。どうしてあなたがそれを知っているか、そんなことはお尋ねしますまい。私という人間がいなかったらあなたのやられた方法は立派に成功したでしょう。私のいたのはあなたにとってはとんだ災難というものです……汽車が徐行を始めましたね。まだオムスクへは着かない筈だ。さては石炭の供給かな。とにかくあなたには好都合です。さあさあ早くお下りなさい。
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