少数の知人でしたが、お招きしたことがございました。きっとあの時でございましょう?」
「さよう、あの時でございます。あの時私は舞踏室で、奥様をお見かけいたしました」
「それは少し変じゃございませんか――あの時およびした人達の中に、あなたのお名前はなかった筈で」
「レザールという名はございませんでした。しかしマドリッド日刊新聞の社長の名前はありました筈で」
夫人はしばらく考えてから、
「ポンピアド様という名前の六十過ぎた立派な方?」
「獅子のような頬髯を生やした人で」
「たしかにお招き致しました」
「それが私でございます」
「まあ」
と夫人は呆れ返り、
「でも、お見かけ申しましたところ、あなたはやっと三十ぐらい、それだのに一方ポンピアド様は……」
「ですから奥様尚一層化け易いのでございますよ。三十男のこの私がやっぱり他の三十男に化けるということは困難ですが、六十の老人に化けることはいと[#「いと」に傍点]易いことでございます……もしもご不審におぼしめすなら、五分間ご猶予を頂いて、化け直してお目にかけましょうか」愛想よく軽快に云い放した。
しかし夫人は手を振って、淋しく美しく笑いながら
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