たが、
「私がお尋ねのレザールで――これは友人でございます。きわめて気の置けない友人で……ええと、ところで市長の奥様、どういうご用件でございましょうな?」
 きわめてなれなれしく云ったものである。
「オヤまあ私をご存知で?」
 市長夫人は手を差し出しレザールにそれを握らせながら、
「いかにも私はおっしゃる通り市長の家内でございます」といくらか驚いた様子である。
「マドリッド市民は誰にしましても自分の町の首脳者の――つまり市長でございますね――内助者たるところの奥様を知りたいと思わないものはございません」
 恭※[#二の字点、1−2−22]しくレザールは微笑した。
「でも」と夫人は首を振り、「体がひどく弱いものですから、こちらへずっと参りましてからも、毎日たれ込めておりまして、それこそ町へなどは一度も出ず、重大な社交にさえ顔を出しませんのに……」
「おっしゃる通り奥様はあの米国の大統領のハージング夫人とそっくりで、社交嫌いだとか申しますことで――けれどたった一度だけ招待会には出られました筈で」
「そうそうたった一度だけ――主人が印度《インド》から当地へ参り市長の職に着きました時、きわめて
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