ラシイヌとは肩を並べ沙漠を的《あて》なく逍遙《さまよ》いながら、感慨深そうに話し合った。
「あなたを印度《インド》からお呼びしてわざざわざ参った甲斐もなく探検は失敗に終りました。あなたに対してもお気の毒で済まないことに思っています」
「いやいや」と博士は打ち消した。「私《わし》に斟酌《しんしゃく》は無用じゃよ。かえってあんたにお気の毒じゃ。さぞまあ落胆したろうが、これも一つの運命じゃ」
「それにしても博士、地下などに、ほんとに都会があるものでしょうか?」
「沙漠のことじゃ、そんなことも、全然ないとは云われまい」博士はちょっと考えてから、「つまり沙漠は文明の墓じゃ。死んだ者ばかり住んでいるところで、人界でもあることだが仮死の状態の人間をうっかり死んだと誤認して墓に持ってくることがある。それとそっくり同じで沙漠の暴風が一晩吹いて、砂上に出来ている大都会を一夜に葬ることがあるが、葬られながら尚地下で生きていないとも限らない」
「そうかと思うと一夜のうちに、暴風が砂を吹き上げて、埋没した都会を一瞬間に地上へ出すということを何かの本で見ましたが、そういうこともあるのでしょうね?」
「そういうこともあるそうだ」博士は幾度も頷いた。
この言葉が讖《しん》をなしたのか、果然、その晩、季節はずれの暴風が一夜吹きつのった。そして眼の前の砂丘の上へ石の標柱を現出した。それに刻まれた回鶻《ウイグル》語を博士が朗々と読んだ時、ラシイヌもレザールもダンチョンも息をひそめて傾聴した。
我らの国家亡びんとす。キリスト教徒は我が敵なり。
巨財を砂中に埋ずむべからず。南方|椰子《やし》樹の島国に送る。形容は逆蝶。子孫北方に多し。
三羊皮紙に内容を書し亜細亜《アジア》の天地にこれを送り、一柱二晶に解釈を記す。
「形容は逆蝶、子孫北方に多しか……」しばらく経ってからこう云ってラシイヌはじっと考えた。と不意にクルリと身を翻えして天幕《テント》の方へ馳せ帰った。万国地図を取り出して彼は仔細に調べだした。
「諸君、解った。濠州だ」ラシイヌは元気よく云い放った。
「見たまえ濠州のこの形を、逆にした蝶にそっくりだ。北方の海中に島が多い。だからすなわち子孫多しだ。思うに古代の回鶻《ウイグル》人は国家の亡びるその際に財産をあげて南洋へ送り濠州のどこかへ隠したと見える。そしてその事を水晶の球と石の標柱とに記したの
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