の大平原で煙りの上がるその辺には彼らの部落があるのであろう。セミパラチンスクで二泊した。これからは陸路を行くのである。塔爾巴哈《タルパカ》台までの行程にはただ禿げ山があるばかりだ。一望百里の高原は波状をなしてつづいている。ところどころに湖水があって湖水の水は凍っていた。馬と駱駝《ラクダ》と荷車の列――私達の一行はその高原をどこまでもどこまでも行くのであった。塔爾巴哈《タルパカ》台からは支那領で、それから先はどことなく沙漠の様子を呈していた。ノガイ人種を幾人か頼み彼らに駱駝《ラクダ》をあつかわせ、烏魯木斎《ウルマチ》指して進んで行った。烏魯木斎《ウルマチ》の次が土魯番《トロバン》で私達はウルマチとトロバンとで完全に旅行の用意をした。悉皆《しっかい》馬を売り払い駱駝を無数に買い込んだ。氷の塊を袋に詰め充分に食料を用意した。探検用の専門の器具は木箱に入れて厳封した。ノガイ族キルギス族|土耳古《トルコ》族、それらの幾人かをまた雇った。同勢すべて三十人。いよいよ沙漠へ打ち入った。
幾日も幾日も一行は沙漠を渡って行く。……
もうここで十日野営を張る。いつまで野営をするのだろう。いつまでも野営をするがいい。私はそれを希望する。私はこの地を離れまい。美しい謎の土耳古《トルコ》美人を自分のものにするまでは断じて私は離れまい。
阿勒騰塔格《アルチンタツク》の大山脈と庫魯克格《クルツクタツク》の小山脈とに南北を劃《かぎ》られた羅布《ロブ》の沙漠のちょうどこの辺は底らしい。どっちを見ても茫々とした流れる砂の海ばかりだ。遙かに見える丘陵もやっぱり砂の丘であって一夜の暴風で出来たものだ。ところどころに沼がある。しかしその水は飲めなかった。多量に塩分を含んでいる。立ち枯れの林が一、二ヵ所白骨のように立っていて野生の羊がその周囲《まわり》を咳をしながら歩いている。遠くの砂丘で啼いている獣はやっぱり野生の駱駝である。私達を恐れているのだろう。夜な夜な無数に群をなして草原狼が現われたが、火光に恐れて近寄らない。一発銃を撃ちはなすと慌てて姿を隠すのであった。
河の流れも幾筋かあった。しかしその水は飲めなかった。やっぱり塩を含んでいる。これらの河や沼や池は、全く不思議な化物で絶えずその位置が変るのであった。動く湖、移動《うつ》る沼、姿を消してしまう河や池――全くこの辺のすべてのものは神秘と奇怪と
前へ
次へ
全120ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング