はいくらか不安になった。というのは一行の守り本尊の水晶の球を密封した鉄の手箱をそのレザールが体に着けているからである。
ラシイヌは席から立ち上がった。しかしその時連結されている隣りの客車の扉があいて、レザールがそこから現われたのでラシイヌは安心して腰かけた。
レザールは何故か眉をひそめラシイヌの側へやって来たが、耳へ口をつけると囁いた。
「あなたは料理人《コック》をどう思います? あの張という支那人を?」
「変ったことでもあるのかね?」ラシイヌは不思議そうに訊き返した。
「地図を持っているのですよ」
「地図※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」とラシイヌは眼を見張った。その眼でレザールを見守って、「もっと詳細《くわし》く話したまえ」
「今……」とレザールは話し出した。「オムスクへ着くのも間もないので一応道具類を見て置こうと三等の客車へはいって行きますと、監視を命じておいたあの張が道具の積み重ねを前にして熱心に何かを見ているのです。近寄って肩越しに見るとですね。西域の地図じゃありませんか。『張!』と私が声をかけるとバネ仕掛けのように飛び上がって地図を懐中《ふところ》へ隠しました。『地図を見せろ!』と嚇してもどうしても見せようとしないのです。『何んのために地図を持ってるか?』とかまわず詰問しましたところ、『幸いに縁あって皆様の探険隊の一員となって西域に向かうことが出来る以上は極力私も骨を折って皆様のお手伝いが致したいと思い西域の地図を求めました』とこういう彼の云い草です。『どこでその地図を手に入れたか?』尚も私が尋ねますと、『西域は支那の領地ですし私は支那人の事ですから地図などは容易に手に入ります』と何んでもないように云うのです。なるほど理窟にはかなっていますが、それほど理窟にかなっているなら尚の事地図を見せればよいのにどうしても見せようとしないのです」レザールはちょっと云い淀んだが、「こんな具合であの支那人は胡乱《うろん》な人間だと思いますので、いっそ思い切ってオムスク辺で解雇いたしたらいかがでしょう?」
「解雇するのもよかろうが旨い料理が食えなくなるね」ラシイヌはニヤニヤ笑いながら、「ところで張のその地図と僕らの持っている西域の地図とは全く同一のものだろうかね?」
「私は瞥見《べっけん》しただけで正確のところは云われませんが同一のものらしく見えました」
「僕らの持
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