、回鶻《ウイグル》辺に拡がっている土人の迷信を調べて見ると、あったあった大ありだ。あの辺にわずかに残っている、回鶻人の後裔達は――土耳古《トルコ》人との混血児《あいのこ》だが――燐光を纒った狛犬を彼らの神の本尊とし、狛犬を祭った神殿に対し、もしも無礼を加えたものは恐ろしい神罰を蒙《こう》むるだろうと、こう書いてあるその後へ、神罰の例が二つ三つ記してあったというものさ。神社の財宝を盗める者――狛犬の吠え声を耳に聞き、悪性の熱病にかかるべし。神殿の経文を盗めるもの――狛犬の姿を三度認め、三度目に命を失うべし云々……。
『それでは園長のエチガライは回鶻《ウイグル》人の後裔かな?』僕はその時疑ったものだ。とにかく僕は大急ぎで、動物園へ行ったものだ。真っ先に園長に逢って見ると、どうして立派な西班牙人だ。そして可哀そうに大病だ。しかも病気は神経病だ。脅迫観念に捉らわれている。それから女中に逢って見ると、一見|土耳古《トルコ》の女だけれど支那人のようなところもある。しかしどのみち混血児《あいのこ》だ。僕は何気なく遠くから金貨を一つ投げてやった。すると女中は両足を開けて、腰を曲げながら受け取った。で男だとわかったのさ。投げられた物を受ける時女なら両足を閉じるからね。それから後は君が昨夜、親しく見た通りというものだ。回鶻《ウイグル》人という奴は――彼らだけではないけれど、一体に無智の人間ほど不思議な力を持っているもので、彼奴らはつまり妖術者なのだ。催眠術かも知れないが、とにかく一種の法力で、人間の心や体付きまで獣類に一変させるのだよ。……見込まれたのが園長だ。園長は決して悪人ではない。一個の学究に過ぎないのさ。学者という者は馬鹿のようなものだ。融通が利かないで正直だ。そこへ彼奴らはつけ込んだのさ。その上園長は市長の友で市長の家の案内を知り抜いているから好都合だった訳さ。そこで彼奴らは法術で――いわば一種の呪縛《じゅばく》だね。園長の意志を縛ってしまって、彼奴らの意志を代わりに注ぎ込み、かねて用意をして置いた細工を凝らした獣の皮をスッポリ園長へ着せてしまって、そこでおっ[#「おっ」に傍点]放したというものだ。こうして市長を脅かしたのさ。経文を盗んだくらいだから、もちろん市長はその狛犬の迷信も知っていたに違いない。燐光を放す狛犬を見てハッと思ったのは当然さ。それに市長は心臓病だ。一度なら
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