うな呻きとなり、そしてプッツリ絶えた時、夜は一層深くなり闇が一層濃くなったように思われる。……
 今その声が絶えたばかりで、あたりは死んだように静かであった。
 その時一つの人影が闇の中から産まれたようにどこからともなく現われて正面の横の潜戸《くぐり》の前で、戸に身を寄せて立ち止まった。内部《なか》を窺っているらしい。
 すると忽然潜戸の戸が内の方から開けられて、そこから一人の園丁が上半身を突き出した。
「レザール君かい?」と園丁は闇をすかして声をかけた。
「ラシイヌさんですか? レザールです」闇の中の人影は前へ出た。
「ちょうど時計が鳴ったとこだ。確かに今は午前二時だ……さあすぐ内へはいりたまえ」
 レザールは潜戸《くぐり》から忍び込んだ。忽ち潜戸の戸が閉まる。
 二人は暗い園内をそろそろと先へ歩いて行く。ラシイヌは一言も云わなかった。それが一層レザールには物凄いことに思われた。
 二人はなるたけ木下闇《このしたやみ》の人目にたたない闇の場所を、選《よ》りに選って歩いて行く。
「止まって」
 と突然ラシイヌは鋭い忍び音《ね》で注意した。で、レザールは立ち止まって前方の闇をすかして見た。窓々へ鎧戸《よろいど》を厳重に下ろして、屋内の燈火を遮断した、小柄の洋館《いえ》が立っている。園長の住んでいる官舎らしい。
 闇に馴れた眼をじっと据えてレザールは官舎を注視した。すると意外にも官舎の前の芝生の上に一団の、蠢《うご》めくものの形があった。よくよく見ると人間で、十人に近い人数である。円く芝生に胡坐《あぐら》をかき、額を土へ押しあてて何事か祈ってでもいるらしい。ブツブツといういとも小さい呟きの声が聞こえて来る。祈祷《きとう》の声ででもあるらしい。
 すると突然その中から一人の男が立ち上がった。やや明瞭《はっき》りと云うのを聞けば、それは回教《ふいふいきょう》の祈祷《いのり》であった。
「アラ、アラ、イル、アラ……唯一にして絶対なる吾らの神よ……吾らをして強くあらしめたまえ! 吾らをして敵を殺さしめたまえ! ……何物をも吾らより奪うなく、何物をも吾らに与えたまう神よ!」
 その男は両手を空へ上げ、手をあげたまま腰を曲げ、地面へその手の届くまで、上半身を傾むけた。それから再び腰を延ばし、両手で空を煽ぎ立てた。それからまたも腰を曲げ、地面へ両手を届かせた。そうしては延ばし、そうし
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