うしたろう? 彼もやっぱり気絶して往来の上に倒れていたが、しかし彼の気絶だけは本当の気絶ではないのであった。彼は不思議の一団が黒い箱を担ぎ出すと見るや否や、彼らの様子を探るため故意《わざ》と彼らに乱打されて地上へ倒れてしまったのであった。で彼は、彼らが立ち去ったと見るや忽然と往来へ立ち上がった。そして一瞬の躊躇もせずダンチョンの側へ駈け寄ったが、危険がないと見て取ると、支那青年の側へ走って行って、その耳もとへ口を当て、「オイ、しっかりせい張教仁!」と大きな声で呼ばわった。そうして青年の手を取ってその脈搏をしらべて見た。脈は幽《かす》かに搏《う》っている。
「まずまずこれも危険はない」
 ラシイヌは呟いて立ち上がり、ほんの一瞬考えたが、次の瞬間には足を早めて、黄浦河の方へ走って行った。

 黄浦河の岸まで来た時にラシイヌは木蔭に身を隠し、驚異の瞳を輝かせて河中の奇蹟を凝視した。
 水面には支那船《サンパン》が浮かんでいる。その甲板には柩のような例の黒箱が置いてある。それを囲んで群像のように彼らの一団が彳《たたず》んでいる。船尾には血のような火光を放す燈火《あかり》が一つ据えてある。彼らは寂然と静まり返り、河の下流へ眼を注いで何物かを待っているらしい。遙か彼方の対岸の方にも血のように赤い燈光がさも物凄く点っている。その物凄い燈光とこっちの赤い燈光とは合図し合っているらしい。
 四辺《あたり》は寂然《さびしく》ひそまり返り、諸所《あちこち》の波止場《はとば》や船渠《ドック》の中に繋纜《ふながか》りしている商船などの、マストや舷頭に点《とも》されている眠そうな青い光芒も、今は光さえ弱って見えた。どこやらの時計台で幽《かす》かに午後九時の時刻《とき》を報じている。
 支那船《サンパン》の中の一団は依然として静かで無言である。やっぱり下流を眺めている。木蔭に隠れているラシイヌも位置から動こうともしなかった。彼らの様子を眺めている。
 こうして幾時間経たろうか、時計台の時計はその度ごとに陰気な音を響かした。こうして時計が午前三時を物憂く三つ打ち終えた時、下流の方から闇を分けて一隻の船があらわれた。小型ではあるがその代わり速力の速やそうな商船《ふね》である。その商船の速力はやがて徐々に緩るくなった。緩るい船脚を続けながら支那船《サンパン》を凌《しの》いで行き過ぎたが、ほんの五、六間
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