たとて恥しゅうも無いし討ち果たして呉れようと云われたとて、怒る可き筋がござろうか! まずまず笑って水に流されい! さあさあニッコリとお笑いなされい」
成程、このように云われて見れば、如何にもそれに相違無かったので、二人は無言で刀を置いた。そうして間も無く松太郎は辞し去り、事は穏便に治ったが、その時以来|蟠《わだかまり》が二人の間には出来たのであった。
斯うして春去り夏来たり、その夏も去って凉風の吹く秋の季節とはなったのである。
それは仲秋三五の月が、玲瓏たる光を地上に投げ薄尾花の花の蔭で、降るように虫の鳴きしきる、一年に一度の良夜であったが、長い間の物忌から、すっかり欝気した純八は、その籠もった気を晴らそうものと、一人ブラリと家を出て、山手の方へ歩いて行った。
小さい峠を一つ越して、杉林の中へ這入って見た。
と、一つの辻堂がある。
辻堂の縁へ腰を掛け、彼は無心で月を見乍ら、低声で小唄を唄っていた。人気が無いので四辺は静かで枯葉の落ちる些かの音さえ、はっきり[#底本では「はっかり」]耳に聞えて来る。
すると、其時、スタスタと、立木の間を潜りながら近付いて来る人影がある。見
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