仲の宜い二人は笑い合い、何んの邪気も無く褒め合った。
 先刻から門前に佇んで、鈴を鳴らしていた托鉢僧――頭髪白く銀《しろがね》のように輝き、皮膚の色も白く鞣革のように光った、老いた威厳のある托鉢僧は、其時何んと思ったか、つかつかと門の内へ這入って来たが、
「失礼ながら匁の穿鑿、ちと曖昧でござり申すよ」
 斯う云うと縁側へ腰をかけた。
「これはこれは旅の僧、匁の字に異議ござるとの?」
 純八はヒョイと起き直り、老僧の顔をまじまじと見た。
「いやいや決して異議ではござらぬ、誤りを正てあげるのじゃ」
 僧は優しく笑ったが、
「匁は文〆の略字では無うて、銭という字の俗字でござる。これは篇海にも出て居ります哩。又、説文長箋には泉という字の草書じゃと、此様に記してもござります哩。而て泉は銭に通ず、即ち、匁は銭と同じじゃ」
 傍引該博のこの説明には、純八も松太郎も一言も無く、すっかり心から感心した。
 で、純八は座敷へ請じて、茶を淹れ斎《とき》を進めたりして、懇《ねんごろ》に僧を待遇したが、
「偖、ご老僧、承わり度いは、歳の字と才の字の異弁でござるが、拙者、先日迄、才の字こそは、所謂歳の字の当字
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