。が俺は考えた。言葉を忌んで何んになる。油断から火事は起こるのだ。言葉から火事は起こりはしない。土台俺には此の聚楽が、不愉快に見えて仕方が無い。構うものか逆手を使って、あべこべに殿下をとっちめ[#「とっちめ」に傍点]てやれ、で、俺は殿下へ云った。『殿下、私には槻《けやき》細工の、見事の釜がございます』『槻の釜だと、馬鹿を云え。火に掛けたら燃えるだろうに』『殿下、罰金でございます! 忌言葉を有仰ったではございませんか』『おっ成程、火と云ったな』『それそれ二度迄申されました』――で、俺は罰金を取り、京大阪伏見の住民へ、米を施してやったものだ。……俺は断じて※[#「封/帛」、第4水準2−8−92]間では無い。俺は俺の舌三寸で、成上者の我儘を、抑え付けている警世家だ! と実は今日まで信じて来たのだが、どうも今では其の自信が土台下から崩れて来た。一体全体俺の頓智が、どの位い世の為めになってるか? これが第一疑わしい。せいぜい殿下の臍繰を攫って、施米するぐらいがオチでは無いか。そうして殿下の我儘は、そのため毫も抑えられはしない。次に俺に就いて考えて見るに、警世家で候、諷刺家で候と、よく口癖には云う
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