れに[#「くれに」に傍点]見えざりけり。とかくする中に、五右衛門はや帰りて、いざ/″\殿下まゐり候へとて、いかにもきらびやかなる器物に、好味をつくしける美膳をぞすへにける。殿下御覧じて、これは早速にとゝのふものかなとて、かたのごとく食したまひける。そのうち珍酒を振舞候はんとて、とり/″\の名酒あまたよせて、すゝめにける。とかくして時も移る程に、はや祇園会も初まる時分に候、いざ/″\御供仕らんとて、又件の鳶の羽に打乗て、虚空をさして飛けるが、刹那がうちに、祇園の廊門のうへにぞ落着ける、まこと神事の最中なれば、都鄙の貴賤上下、東西南北は充満して、人のたちこむこと家々に限りなくぞ見えにけり。五右衛門申されけるは、むかふへ来る武士どもを見給へ、身長に及ぶ大太刀をさして、張肘にて、大路せばしと多勢ありく事の面憎さよ、殿下もつれ/″\におはしまさんに、ちと喧嘩をさせて、賑にひらめかせ、見物せんとて、棟の上へ生ひたる苔を、すこしづつ摘み、ばり/″\と投ければ、御辺は卒爾を、人にしかけるものかなといふ中に、又飛礫を雨のごとくに打ければ、総見物ども入乱て、このうちに馬鹿者こそ有遁すまじとて、太刀かたな引
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