から崩れる隙なのだ。開けっ放しの人間には、仲々忍術は応用出来ない」
「ははあ然うか、これは驚いた。頓智のコツとそっくり[#「そっくり」に傍点]だ。……頓智とは弱点を突くことさ。用心堅固の奴に限って沢山弱点を持っている。その弱点をギシと握り、チョイチョイ周囲《まわり》をつっ[#「つっ」に傍点]突くのさ。……まとも[#「まとも」に傍点]に突くと皮肉になる。皮肉になると叱られる。そこで軽くつっ[#「つっ」に傍点]突くのさ。……そうだ或る時こんなことがあった。『余の顔は猿に似ているそうだ。どうだ、ほんとかな、似ているかな?』こんなことを殿下が仰せられた。列座の面々一言も無い。こいつァ何うにも答えられない筈さ。事実猿には似ているのだが、相手が殿下だ、そうは云えない。で、いつ迄も無言の行よ。そこで俺が云ったものさ。『いえいえ然うではございません。つまり猿の顔なるものが、殿下に似ているのでございます』とな。すると大将大喜びだ。早速拝領と来たものさ。アッハハハこの呼吸だよ」
「いや面白い、そうなくてはならない」五右衛門は感心したらしい。
 釜の湯がシンシンと音を立てた。
 早咲の桜がサラサラと散った。
 どこかで鶯の声がした。
 将に閑室余暇ありであった。

        ×

「お前は飛行出来るかな?」
 或る時秀吉が五右衛門に訊いた。
「自由自在でございます」
 これが五右衛門の返辞であった。
「俺を連れて飛べるかな?」
「いと易いことでございます」
「都は祇園会で賑わっているそうだ。ひとつ其奴《そいつ》を見せてくれ」
「かしこまりましてございます」
 五右衛門はこう云うと懐中から、鳶の羽根を取り出した。
「いざお召し下さいますよう」
 それから後の光景は、こう古文書に記されてある。
「……雲の原へとぞ上りける。遙の下を見給へば、蒼海まん/\として、魂をひやせり。我にもあらぬ心地にて、なにと成りゆくやらんと覚しにける。かくて尽きぬとおもう時に、目をおきて見給へば、ほどなく大山に立りける杉の上にぞ落着ける。殿下こゝはいづくの国、いかなる所ぞと宣まへば、是こそ都の西山、愛宕山と申処にて候、祇園会もいまだ始まらず候間、いま暫|爰《ここ》におはしまして、ご休息有べし、さりながら、何にても食事の望に候はんまゝ、是にしばしまたせ給へ、とゝのへてきたり候はんとて、つゐ立ちけるとおもへば、く
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