ているけれど、することには慣れていないんだねえ。……姐《ねえ》さんあんたから上げておくれよ」
で、わたしはホッといたしまして、胸をなでおろしましてございますが、不意にその時わたしの横手で、
「おいどうだった?」
という男の声が、囁《ささや》くように聞こえましたので、そっとその方へ眼をやって見ました。
四十そこそこらしい旅姿の男が、ご上人様へお茶をあげた例の女の側《わき》に、佇《たたず》んでいるではございませんか。合羽《かっぱ》を着、道中差しを差し、両手を袖に入れている恰好《かっこう》は、博徒か道中師かといいたげで、厭な感じのする男でした。三白眼であるのも不快でした。
「駕籠の中のお方はご婦人だよ」
これが女の返事でした。
ご上人様を京都から抜け出させて、薩摩へ落とすよう計らいましたのは、近衛殿下なのでございます。井伊様がご大老にお成りになられるや、梅田源次郎様や池内大学様や、山本槇太郎様というような、勤王の志士の方々を、追求して捕縛なさいまして、今後も捕縛の手をゆるめそうもなく、そこで以前から勤王僧として、公卿《くげ》と武家との仲を斡旋《あっせん》したり、禁裡様から水戸藩へ
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