されたのでしょう。女の手にしても珍らしいほどの、白い細い柔かい、指の形などのいかにも上品な――とんと形容しようもないほどに、お美しいお手でございました。
と、どうでしょうそのご上人様の手先を、甲斐絹《かいき》[#ルビの「かいき」は底本では「かひき」]の手甲の女の手が、ヒョイと握ったではございませんか。
(あッ)と私が思いましたとたんに、吉之助様が腰を上げました。手を刀の柄《つか》へかけながら。
三
その次に起こった出来事といえば、ご上人様が手を引かれたことと、それについて女が半身を泳がせ、駕籠の扉へもたれかかり、扉の間から顔を差し入れ、ご上人様のお顔を見たらしいことと、その拍子に湯呑みが盆から落ちて、地面へ茶をこぼしたことでした。
吉之助様は門口まで突き進んでいました。
でももうその時にはその女は、湯呑みと盆とを両手に持って、こちらへ引っ返して来ていました。
「とんだ粗相をしたってことさ」
土間へはいると伝法な口調で、でもいくらか恥じらった様子で、こうその女は申しましたっけ。
「妾《わたし》ア湯呑みをひっくりかえしてしまったよ……。お給仕されることには慣れ
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