て、
「捕吏《いぬ》らしい奴ばらが十二、三人、向こうの茶屋に集《つど》っておるがな」
 と、吉之助様に囁《ささや》きました。
「さよか」と吉之助様はおっしゃいまして、しばらく考えておられましたが、「轎夫《かごや》、この駕籠を茶屋の前で止めろ、人数の真ん中へ舁《か》き据えてくれ」とこのようにおっしゃってでございます。
 私も驚きましてございますが、俊斎様も驚いた様子で、首を一方へ傾《かし》げましたが、でも何んともおっしゃいませんでした。(西郷どんは大相もない人物、考えがあってやることだろう)と、こう思われたからでございましょう。
 茶屋というのは立場茶屋《たてばぢゃや》のことで、町から街道へ出る棒端《ぼうはな》には、たいがいあるものでございます。
 そこへ駕籠が据えられました。
 と、不意に吉之助様が、
「あんまり早く起こされたので、わッはッはッ、この眠いことはどうじゃ。渋茶なと啜《すす》らんと眼が醒めんわい」
 と、大きな声で云われました。
 すると隙《す》かさず俊斎様が、
「俺は酒じゃ、冷酒《ひやざけ》じゃ。こいつをキューッとあおらんことには、腹の虫めがおさまらぬげに」
 と、これも
前へ 次へ
全41ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング