照上人様は、お前様一人のお方ではござりませぬ。この日本《ひのもと》みんなのお方でござります!」
犬神の娘の慟哭《どうこく》する、犬の悲鳴さながらの声を、千木のたっている建物の、二階の部屋に聞き流して、ご上人様をお守りして、その屋敷から脱け出しましたのは、それから間もなくのことでございました。
斗丈庵《とじょうあん》へ帰られてから、ご上人様はおっしゃいました。
「今日の昼頃奥の座敷にいると、さも悲しそうな女の声で、ひっきりなしにわしを呼ぶのじゃよ。そこでわしは行ったのじゃよ。夢のような心持ちでのう。……はッと人心地のついた時には、あの祈祷所に坐っていたのじゃよ」
「あのお綱という犬神の娘は、何をご上人様になされましたので?」
「ただわしの手をしっかりと握って、撫でたりさすったりしたばかりじゃよ」
「ご上人様には一度雨戸をあけて、お手を出されたようでございますが?」
「あまり撫でられたりさすられたりしたので、手がどうかなりはしないかと思って、あの娘《こ》が階下《した》へ下りて行った隙に、陽にあてて手を見たまでじゃよ」
――考えてみますれば犬神の娘が、犬神の法力でご上人様を、斗丈庵
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