さあこの隙に!」
 国臣様が走り出しましたので、わたしもついて走りました。
 しかし千木《ちぎ》のある建物の、その門口まで走りついた時には、わたしも国臣様も「あッ」と叫び、思わず足を止めてしまいました。
 肩から※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》ぎ取られた男の片腕が、まだ血を※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]げ口から吐きながら、土間にころがっているからです。
「怯《おじ》けるな、行け!」
 と国臣様が叫び、はじめてお腰の刀を抜かれ、左の袖で蔽うようにされ、上がり框《がまち》からすぐに二階へ、ゆるい勾配につづいている広い階段を、飛ぶようにお駈け上がりなさいましたので、夢中でわたしも駈け上がりました。階段をあがりきった時でした、笑うとも嘲けるともたしなめる[#「たしなめる」に傍点]とも、どうともとれるような不思議な気味の悪い、鬼気を帯びた嗄《しわが》れた女の声で、
「まだ懲りぬか! ここへ来てはならぬ!」
 と、そういうのが聞こえて参りましたが、つづいて何かが投げつけられました。
「…………」声も出されずわたしはへたばってしまいました。肩から※[#「てへん+宛
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