て眺め、変に気味悪く笑いました。

        七

 その笑った男の顔を見て、わたしはヒヤリといたしました。竹田街道の立場茶屋で、「おいどうだった?」とお綱という女に向かい、声をかけたところの男だったからです。
「何か用ですかい」とその男が云って、もう笑顔を引っ込ませ、怪訝そうに訊きかえしました。
「いいえ……ナーニ……なんでもないんですが……お見受けしましたところあのお屋敷から……」
「あの屋敷がどうかしましたかな?」
「いいえ、ナーニ、何んでもないんですが……空家だと思っておりましたところが、あなた様が潜門《くぐり》から出て来られたので。……それに綺麗な手が見えたりしましたので……」
「綺麗な手? なんですかそいつ[#「そいつ」に傍点]は?」
「千木《ちぎ》の立ててある建物から――建物の二階の雨戸から、綺麗な上品な手が出ましたので……」
「ナニ、千木のたててある建物から、綺麗な上品の手が出たんだって」と、その男はひどく驚いたように云って、その建物を振りかえって眺めましたが、「何を馬鹿らしいそんなことが。……お前さんあそこはあらたか[#「あらたか」に傍点]な所でね、ある一人の女
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