なったという、そういう情報がはいりましたので、これはうかうかしてはいられないというので、その夜のうちに薩摩へ向けて立とうと、土佐堀の薩州邸下から小倉船に乗り、漕ぎ出すことにいたしました。一行はご上人様と吉之助様と、俊斎様と私とのほかに、薩州ご藩士の北条右門様との、この五人でございまして、三人のお方が駕籠を警護し、私だけが半町ほど先に立って、あたりの様子をうかがいながら、纜《もや》ってある船の方へ行きました。おりから晴れた星月夜で、河岸の柳が川風に靡《なび》いて、女が裾でも乱しているように、乱れがわしく見えておりましたっけ。と、一|木《ぼく》の柳の木の陰から、お高祖頭巾《こそずきん》をかぶった一人の女が、不意に姿をあらわしまして、わたしの方へ歩いてまいりましたが、
「重助さん、ご苦労だねえ」と、こう云ったではありませんか。
 わたしはハッとなりドキリとして、早速には言葉も出ませんでした。
「あのお方の手、綺麗だねえ」
「…………」
「綺麗な手のお方をお送りして、重助さん遠くへ行くんでしょう」
「…………」
「だからご苦労と云っているんだよ」
「女ってもの変なものでねえ、男の何んでもないち
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