でも船夫たちはますます図太く、
「へえ、斬るとおっしゃるので。ところがあっしたち斬られませんねえ。水の上ならこっちが得手で、刀を抜いてお斬りになるのが早いか、あっしたちが水へ飛び込むのが早いか、物は験《ためし》だ、やってごらんなせえ」
「水へ飛び込んだらいよいよ得手だ、船なんかすぐにもひっくりかえして見せる」
と、こう口々に云うのでした。
「よか、まアまアそう申すな」
吉之助様は穏《おだや》かに云われて、小粒を三つ四つ懐中《ふところ》から出され、
「これで機嫌を直してくれ、約束の他の当座の酒手じゃ」と、なだめるように申したことです。
五
ところがどうでしょうそうあつかっても、船夫たちは云うことを聞こうとはしないで、
「酒手が欲しくて云っているのではごわせん、深夜《よふけ》に坊さんを乗せるってことが……」
「船に坊主は禁物でしてね」
「それに深夜《よふけ》の坊主と来ては……」
「坊主は縁起が悪いんで」
と、どうしたものかだんだん声高に、坊主坊主とそう叫んで、岸の上の方を見上げるのでした。
さすがの吉之助様もこの様子を見られて、これはいけないと感じられたのでしょう、チラッと俊斎様へ眼くばせをされ、素早く刀の柄へ手をやられましたが、その時岸の上に女の姿があらわれ、
「船頭さん模様変えだよ、その人たちには用はないのさ。早く船を出しておあげ」
と、綺麗な声で云うのが聞こえて来ました。申すまでもなく例の女なのです。ところがどうでしょうそう云われましても、
「姐《あね》ごのせっかくのお言葉ですが、あっしたちゃア姐ごに頼まれたんではなく……」
「藤兵衛の親分さんにご依頼受けたんですからねえ……」
「現在坊主が……」
と口々に云って、船夫《かこ》たちは諾《き》こうとはしないのです。
「お黙り!」と女は癇にさわったような声で、「このお綱がいいと云ってるのだよ、そうさいいから船をお出しって……」
「しかし姐ご、現在坊主が……」
「餓鬼め!」
とたんに女の片手が、髪の辺へ上がりました。
「ギャーッ」
まるで獣《けだもの》の悲鳴でした。
最初から頑強に反対していた船夫の、三十五、六の肥り肉《じし》の奴が、そう悲鳴して顔を抑えましたが、体を海老《えび》のように曲げたかと思うと、船縁《ふなべり》を越して水の中へ真っ逆様に落ち込みました。わたしの見誤りではあ
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