よりいつもいつも、心に執拗にこびりついている歌、例の歌を唄ってしまうと、彼女は恍惚《うっとり》と考え出した。こういう場合に彼女の脳裡へ、幻影のように浮かんで来るのは、大森林、大渓谷、大きな屋敷、大傾斜面、五百頭千頭もの放馬の群、それを乗り廻し追い廻し、飼養している無数の人、そうしてあたかも酒顛童子のような、長髪赧顔の怪異の老人――等々々のそれであった。
 しかし彼女はそういう所が、どこにあるかは知らなかった。そうしてどうしてそういう光景が、浮き出して来るかも知らなかった。とはいえ彼女はそういう光景の場所の、どこであるかを確かめなければならない、そうして是非ともその光景の場所へ、どうしても自身行かなければならないと、そんなように熱心に思うのであった。がそれとて自分自身のために、その場所を知ろうとするのでもなく、又行こうとするのでもなく、自分の難儀を救ってくれた人秋山要介という人のために、知りたい行きたいと思うのであった。
 浮かんで来る幻影を追いながら、今も彼女は思っていた。
(行かなければならない、さあ行こう!)
 で、彼女は立ち上った。
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※[#歌記号、1−3−
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