くみ》芸名|源女《げんじょ》そういう女と妙な縁から、彼一流の恋をした。ところが今から一年ほど前に、不意にその女が居なくなった。悪御家人の悪足と一緒に、駆落ちしたのだという噂があったり、養母に悪いのがついていて長崎の異人へ妾《めかけ》に売ったのと、そんな噂があったりしたが、とにかく姿を消してしまった。浪之助は妙にその女には、かなりの執着を持っていて、姿を消されたその当座は、ちょっと寂しく感じたりし、もうその女がいなくなった以上、そんな曲独楽なんか見るものかと、爾来《じらい》よりつきもしなかったが、今日は彼の心の中に、昔なつかしい思いが萌《も》えた。そこで、木戸をくぐったのである。
桟敷と土間もかなりの入りであった。
舞台には華やかな牡丹燈籠が、二基がところ立ててあり、その背後《うしろ》には季節に適《かな》わせた、八橋の景が飾ってあり、その前に若い娘太夫が、薄紫|熨斗目《のしめ》の振袖で、金糸銀糸の刺繍をした裃《かみしも》、福草履《ふくぞうり》を穿いたおきまりの姿で、巧みに縄をさばいていた。
「おや、ありゃア源女じゃアないか」
驚いて浪之助は口の中で叫んだ。
娘太夫は源女のお組、そ
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