る、かたがた都合がよかろうと、甲州から武州へ引っ返し、以前わけても世話になった高萩村の猪之松方に、賭場防として身を寄せた。それは水品陣十郎であった。
脱いだ編笠を手に提げて、その陣十郎は立木に背をもたせ、
「お貸元同志の一騎討ち、またと見られぬ真剣勝負、とく[#「とく」に傍点]と拝見いたしましょう。が、もし高萩の親分にもしものことがございましたら、きっと陣十郎林蔵殿を、生かしてお帰しはいたしませぬ」
云い云い気味悪く白い眼で笑った。
7
猪之松が林蔵へ声をかけた。
「さあ乾児どもへも云い聞かせた。横から手出しはさせねえつもりだ。二人だけの太刀打ち勝負、遠慮なくどこからでも切り込んで来なせえ!」
ピタリと正眼に太刀を構えた。
「さすがは高萩の見上げた態度、それでこそ男だ気持がいいや。……行くぞ――ッ」と叫ぶと赤尾の林蔵は、脇差を抜くとこれも正眼に、ピタリとばかりに引っ構えた。
新影流と甲源一刀流、相正眼の厳重の構え、水も洩らさぬ身の固め、しばらくの間は位取ったばかりで身動き一つしなかった。
と、この時上尾の宿から、旅仕度をした一人の武士と、その連れらしい一人の女とが、差し出
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