お解《わか》りにならぬと仰せられる?」
「わかりませんでござります」
「わからぬものは剣道ばかりか……男の、男の、恋心なども……」
「……」澄江の眼には当惑らしい表情が出た。
「打とうと思えば小父様など、たった一打ち手間暇はいらぬ。……打たずにかえって打たれたは……澄江さま、貴方のためじゃ」
「…………」
 その時屋敷の縁の上から、
「おいで、こら、何をして居る」
 老武士が呼んで手を拍った。
「羊羹を切ったぞ。おいでおいで」
「はい」と云うと陣十郎へ背を向け、澄江はそっちへ小走った。
「ちと痛い」と右の手を揉み、
「あの老耄《おいぼれ》、フ、フ、何を……が、澄江には恩をかけた。……この手で……」
 と口の中で呟きながら、陣十郎という若い武士は、屋敷の方へそろそろと歩いた。


(どうにも変な試合だったよ)
 浪之助はそんなことを思いながら、両国の方へ歩いて行った。
(それにしてもちょっと[#「ちょっと」に傍点]美《い》い娘だった)
 こんなことをチラリと心の隅で思い、独り笑いをもらしたりした。
 年はまだ二十三歳、独身で浪人であった。
 親の代からの浪人で、その父は浪之進といい、信
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