て来た。
「向こうだ」
「いや、こっちでござろう」
四方の露地や小路に駆け込み、あそこかここかと探し廻った。
次から次、屋敷から屋敷へと、この騒動はすぐに伝波し、家中の武士、夜廻りの者、若党、仲間などが獲物を携え、ここの一画を包囲して、陣十郎を狩り立てた。
9
向こうでも人声がし、こちらでも人声がした。疑心暗鬼から味方同志を、敵と間違え声を上げたり、「居たぞ」と叫んで追って行き、それが知り合いの同僚だったので、ドッと笑う声がした。
いつの間にか敵は一人ではなく、大勢であるように誤伝されたらしく、あそこの露路に五人居ましたぞ、勘兵衛殿のお長屋の塀に添って、三人抜刀して居りましたぞなどと、不安そうに云い合ったりした。
辻を人影の走って行くのが見えたり、屋敷の庭の松の木などに登って、様子を窺っている人影なども見えた。
と一つの人影が、月光を避けて家の塀の陰を、それからそれと伝わって、この一画から遁れ出て、下谷《したや》の方へ行こうとするらしく、ぞろぞろと歩いて行くのが見えた。
ほかならぬ水品陣十郎であった。
髻《もとどり》が千切れてバラバラになった髪を、かき上げもせず額にか
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