っしゃ》ると見える。……わたしはもう何にも云うまい)
こう思って黙っているのであった。
「のう澄江殿」と又主水は、意地の悪い調子で云いつづけた。
「わしには不思議でなりませぬよ……お父上の敵の陣十郎と、一緒に旅をして居りながら、その敵を討って取ろうと、一太刀なりと加えなかったとは」
「…………」
「弱い女の身にしてからが、同じ部屋に寝泊りして来た以上、相手の眠りをうかがって、討ちとる機会はありましたはずじゃ……それを見遁して討たなかったからには、討てない理由があったものと……」
「…………」
「わしは不幸だ!」と不意に主水は、昂奮して血走った声で叫んだ。
「敵に肌身を穢された女を、妻にしなければならないとは!」
「あなた!」と澄江は顔色を変え、躰をワナワナ顫わせて、腹に据えかねたように叫び返した。
「以前にも再々申しましたとおり、陣十郎と連立って、道中旅をして参りましたは、秩父の高萩の猪之松の家で、馬大尽の井上嘉門に、すんでに肌身穢されようとしたのを、陣十郎に助けられましたからで……恩は恩、仇は仇、なんのお父上の敵などに、この肌身を穢させましょうや……道中陣十郎を見遁しましたは、助け
前へ
次へ
全343ページ中333ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング