その逸見多四郎にこんな姿を――抜身をひっさげているこんな姿を、こんなところで見られるということが、面伏せに思われたからであった。
 しかし直ぐに思い返し、苦笑いをして足を止めた。
「そこに居るのは猪之松ではないか」
 いち早くその姿を見かけたらしく、駕籠の中から多四郎は叫んだ。
「駕籠しばらく止めるがよい」
 止まった駕籠から多四郎は出て、猪之松の方へ寄って行った。
「抜身をひっさげ何をしているのじゃ」
 云い云いこれも猪之松の横に、これも抜き身を引っさげて、これも苦笑をして佇んでいる赤尾の林蔵をジロリと見、
「そなたは赤尾村の林蔵殿じゃな」
 猪之松が数間走ったので、それに連れて自分も数間走り、猪之松が足を止めたので、自分も足を止めた林蔵は、こう云われて頭を下げ、
「逸見の殿様でございまするか、意外のところでお目にかかり、恐縮至極に存じまする」
 顔見知りの逸見多四郎だったので、こう林蔵は憮然として云った。
 多四郎の方でも林蔵の顔は、以前に見かけて知っていた。それに自分の剣道の弟子たる高萩の猪之松の競争相手――そう云うことも知っていた。で、この場の光景から、心に響くものが少なからず
前へ 次へ
全343ページ中318ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング