いながら要介は、白扇を取るとグッと構えた。一尺足らずの獲物ながら、名人の構えた扇であった、浪之助にはその扇が、差しつけられた白刃より凄く、要介の躰《からだ》がそれの背後に、悉皆《すっかり》隠れたかのように思われた。
「と、こうグ――と左斜に、太刀を静かに引くのでござる」
云い云い要介は扇を引いて見せた。
「さながら水の引くが如く。……云う迄もなく誘いの隙じゃ。……誘いの隙じゃと知りながらも、百人が百人それに乗り、一歩踏み出すか打ち込むかする。……と、その機先を素早く制し……柳生の業《わざ》車ノ返シ、そいつでこう一旦返す」
扇をクルリと下返しに返した。
「ハッと相手が動揺した途端、間髪を入れず下手ノ切、甲源一刀流の下手ノ切……」
こう云うと要介は左膝の辺りまで、扇を引き付けて八双に構え、すぐに刎ね返して掬い切りをした。
「こいつで来るのじゃ、さようこいつで。……下れば足、上れば胴、もう一段上れば顎へ来る……必ずやられる、必ず切られる」
「しかしそのように解って居りますれば、その術を破る方法が、いくらもあるように存ぜられますが」
「それが無い、こいつが業じゃ。……分解して云えば今のよ
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