木洩れの月光に照らされて、浪之助の眼に映った。
 フーッと気が遠くなりそうであった。
 そう、浪之助はもう少しで、気を失って仆《たお》れそうになった。
「貴殿のおいでを待っていました」
 水品陣十郎がそう云った。


 血刀を女に拭わせている武士、それは水品陣十郎であった。
「拙者水品陣十郎と申す、浪人でござる、お見知り置き下され」
 現在人を殺して置いて、本名を宣《なの》る膽の太さ、あらためて浪之助の怯えている心を、底の方から怯やかした。
「はあ」とばかり浪之助は云った。
 それ以上は云うこともなく、そう云った声さえ顫えていた。
「……ソ、その者は? ……その死骸は?」
 さすがにそれだけは浪之助も訊いた。
「拙者ただ今討ち果したものじゃ」
「はあ。……さようで……何の咎で?」
「裏切りいたした手下ゆえ」
「はあ」
「憎むべきは裏切り者。……言行一致せざる奴。……」
「はあ」
「失礼ながら貴殿のご姓名は?」
「ス、杉浪之助。……」
「杉浪之助殿。……お住居《すまい》は?」
「小石川富坂町。……」
「源女の小屋で今日午後、お眼にかかったことご存知か?」
「サ、さよう。……存じ居ります
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