……
 しかし次の瞬間に、二人はパーッと左右へ別れた。
「貴様はお妻!」
「陣十郎様か!」
 サーッとお妻は逃げだした。
「待て!」
 刀を抜いて追っかけた。
 澄江と夫婦ならぬ夫婦となり、共住居《ともずまい》から旅に出た。そうなってからはお妻のことは、ほとんど陣十郎の心になかった。
 ところが意外にもこんな事情の下に、あさましいお妻とぶつかった。

高原狂乱


 仆れて、
「人殺シ――ッ」
 だが飛び起き、
「どなたか助けて――ッ」と走り出した。
 そのお妻をなお追いかけ、周章《あわて》たために不覚至極にも、切り損った自分を恥じ恥じ、
「逃げようとて逃がそうや! くたばれ、汝《おのれ》、毒婦、毒婦!」
 陣十郎は執念《しうね》く追った。
 仆れつ、飛び起きつ、刀を避け、お妻は走り走ったが、ようやく街道へ出ることが出来た。
 馬、博労、提灯、松明――馬市へ向かう行列が、街道を埋めて通っていた。
 そこへ駈け込んだ女|邯鄲師《かんたんし》のお妻、
「助けて――ッ、皆様、助けて!」
「どうしたどうした?」
「若い女だ!」
 博労達は騒ぎ立った。
「狂人《きちがい》が妾《わたし》を手籠め
前へ 次へ
全343ページ中214ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング