った。
 窓から西陽が射し込んで来て、衣桁にかけてある着替えの衣装の、派手な模様を照らしていた。
 二三度入り口の暖簾をかかげて、一座の者らしい男や女やが、顔を差し込んで覗いたが、訳あるらしい二人の様子を見ると、入ろうともせず行ってしまった。
「陣十郎という武士を知っているかな?」
 話を転じて浪之助は云った。
 と、源女は首をもたげた。


「陣十郎! ……陣十郎! ……水品《みずしな》陣十郎! ……あなたこそどうしてあの男を!」
 そう云うと源女はのしかかる[#「のしかかる」に傍点]ように、衣装籠から身を乗り出した。
 恐怖と憎悪とがあからさまに、パッと見開いた眼にあった。
 凄じいと云ってもいいような、相手の態度に圧せられて、浪之助はかえってたじろいだ。
 「いやわし[#「わし」に傍点]はただほんの……それも偶然|先刻《さっき》方……榊原様のお長屋で……試合をしていたのを通りかかって……だがその男が桟敷にいたので……」
「ただそれだけでございますか」
 源女は安心したように、そう云うと躰をグッタリとさせ、衣装籠へまた寄りかかった。
 そうして眼を閉じ黙ってしまったが、やがて浪之
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